大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

松山地方裁判所 平成4年(ワ)456号 判決

原告

越智利徳

被告

山本雅啓

主文

一  被告は原告に対し、金五〇万円及びこれに対する平成三年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は主文一項について仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は原告に対し、金六〇二万四六〇六円、及びこれに対する平成三年八月二五日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、本件交通事故により頸椎捻挫の傷害を負つたと主張する原告が、本件事故の加害車両を運転していた被告に対し、本件事故により原告が被つた損害(人損・物損)について、不法行為による損害賠償金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  本件事故の発生

(一) 発生日時 平成三年八月二五日午後九時三五分頃

(二) 発生場所 松山市天山町一九一番地先市道上

(三) 加害車両 被告が所有し運転していた普通乗用車(愛媛三三す八五七八)

(四) 被害車両 原告が所有し運転していた普通乗用車(愛媛五七つ七九八二)

(五) 事故態様 被告は加害車両を運転して、並走車を追い越し右折しようと交差点に入つたところ、右折しようと停止していた原告運転の被害車両に追突した。

2  原告の治療経過

原告は本件事故後、次のとおり入通院した(甲二ないし六、乙六、原告本人の供述)。

(一) 平成三年八月二五日 大野病院に通院

(二) 平成三年八月二八日 松山赤十字病院に通院

(三) 平成三年八月二八日から九月三日まで(三回) 横田外科医院に通院

(四) 平成三年九月四日から一〇月末頃まで 南松山病院に通院

(五) 平成三年一一月一日 勝呂外科医院に通院

(六) 平成三年一一月二日から平成四年三月三一日まで 勝呂外科医院に入院

(七) 平成四年四月一四日から五月三〇日まで(六回) 勝呂外科医院に通院

3  被告の支払

被告は、平成三年一〇月末頃までの治療費を全額支払つた他、平成三年一〇月末頃までの損害賠償金(人損分)として、原告に対し四九万円を支払つた。

4  被告の責任原因

本件事故は被告の過失により発生したものであり、被告は、原告が本件事故により被つた損害(人損・物損)について、不正行為による損害賠償責任がある。

二  当事者の主張

1  原告の請求

(一) 原告は、本件事故により頸椎捻挫の傷害を負い、次のとおり治療を継続した。

(1) 平成三年八月二五日から同年一〇月末頃まで、大野病院・松山赤十字病院・横田外科医院・南松山病院に通院

(2) 平成三年一一月二日から平成四年三月三一日まで勝呂外科医院に入院。

(3) 平成四年四月一四日から五月三〇日まで勝呂外科医院に通院。

(二) 原告の損害

(1) 休業損害 一〇〇万円

原告は、本件事故の直前まで少なくとも月額二〇万円収入を得ていたので、勝呂外科医院に入院していた五か月間の休業損害は、少なくとも一〇〇万円を下らない。

(2) 治療費 二二六万六七四〇円

原告は勝呂外科医院から、二二六万六七四〇円の治療費を請求されている。

(3) 入院雑費 一八万一二〇〇円

勝呂外科医院での入院雑費として、入院一日一二〇〇として、一五一日分合計一八万一二〇〇円を請求する。

(4) 入通院慰謝料 二〇〇万円

原告は、本件事故により平成三年八月二五日から平成四年五月三〇日まで入通院しており、本件事故による入通院慰謝料は二〇〇万円が相当である。

(5) 車両損害 五七万六六六六円

原告車両の修理費は五七万六六六六円と見積もられており、原告の本件事故による車両損害は五七万六六六六円である。

(三) 結論

よつて、原告は被告に対し、損害賠償金六〇二万四六〇六円(前記(二)の(1)ないし(5)の合計)、及びこれに対する平成三年八月二五日(本件事故日)から完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告の反論

(一) 原告には、平成三年一一月一日以降の勝呂外科医院での入通院の必要性はなかつたのであり、本件事故と勝呂外科医院での入通院に伴う損害との間には、相当因果関係がない。

(二) 被告は原告に対し、本件事故による平成三年一〇月末までの損害賠償金(休業損害、通院費、慰謝料)として、四九万円を支払つており、平成三年八月二五日から同年一〇月末までの通院慰謝料は全額支払済である。

(三) 本件事故当時の原告車両の評価額は二五万円程度にすぎず、原告の本件事故による車両損害は、最高に見積もつても五〇万円である。

三  争点

原告の本件事故による損害額は幾らか。その前提として、特に次の各事項が問題となる。

1  本件事故と勝呂外科医院での入通院とは相当因果関係があるか。

2  被告は原告に対し、平成三年八月二五日から同年一〇月末までの通院慰謝料も支払済であるか。

3  本件事故による原告の車両損害は幾らが相当か。

第三争点に対する判断

一  争点1(勝呂外科医院での入通院)について

1  次の諸事実に照らせば、本件事故(平成三年八月二五日発生)と、勝呂外科医院での入通院(平成三年一一月一日初診、同月二日から平成四年三月三一日まで入院、同年四月一四日から同年五月三〇日まで通院)との間には、相当因果関係があるものとは認められない。

(一) 原告が勝呂外科医院に入通院するに至つた経過について証拠(証人亀岡正雄、原告本人〔一部〕)、及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、原告は、本件事故の示談交渉を有利に進めるための方便として、急遽勝呂外科に入院するに至つたものと疑われても、やむを得ない立場にあつたことが認められる。

(1) 被告は本件事故当時、松山市農協の農協共済に加入していた。そこで、松山市農協共済係の遠藤、松山市農協本署の吉村、愛媛県共済農協連の上甲、同亀岡らが、原告との示談交渉に当たつた。原告は関東商事の鎌田に本件事故の示談交渉を依頼した。関東商事は不動産や金融を扱う会社で、暴力団「矢作組」が経営主体であつた。原告と鎌田とは遠い親戚関係にあり、原告は、鎌田が暴力団組員であることを知りつつ、鎌田に本件事故の示談交渉を依頼した。

(2) 被告側(農協の自動車保険担当者)は、平成三年一〇月末頃まで原告側(関東商事〔暴力団〕の鎌田)との間で示談交渉を進め、同月末までの治療費を医療機関に全額支払い、既払の損害賠償金四九万円(同月末までの休業損害、通院費、慰謝料)以外に、原告車両の損害分五〇万円の支払を提案した。すると、鎌田は、原告車両損害分(物損)一〇〇万円、向こう六か月分の損害分(人損)三〇〇万円を要求し、もし右要求に応じなければ、松山で一番高い病院に原告を入院させ、松山市農協に二億円でも三億円でも支払わせると言つて、農協の保険担当者を脅迫したため、示談交渉は決裂した。

(3) そこで、被告(松山市農協)は、白石喜徳弁護士に依頼して、平成三年一一月一日当裁判所へ、原告を相手に本件事故について、五〇万円を越えて損害賠償金債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起した。他方、原告は、平成三年一一月一日勝呂外科医院で診察を求め、翌二日から平成四年三月三一日まで勝呂外科医院に入院した。

(二) 医師の診断について

(1) 大野病院の井関貞文医師は、平成三年八月二五日原告を診察して、原告の神経学的所見に異常なしと診断し(甲二)、松山赤十字病院整形外科の安永裕司医師は、同年八月二八日原告を診察して、原告の神経学的・X線的所見に異常なしと診断し(甲三)、松山赤十字病院脳神経外科の曽我部貴士医師は、同年八月二八日原告を診察して、原告のCT・X線所見に異常なしと診断し(甲四)、横田外科医院の横田公夫医師は、同年八月二八日から九月三日にかけて原告を診察して、原告のX線所見に異常なしと診断している。(甲五)。

(2) 上甲(愛媛県共済農協連)、遠藤(松山市農協)、吉村(松山市農協)の三名は、平成三年九月二七日午後一時頃、南松山病院の荒木邦公医師(原告の主治医)に面会を求め、原告の症状について尋ねたところ、同医師は、「原告は、入院せずに仕事をしながら治療をした方が治癒が早く、入院する必要などない。」と答えた(証人亀岡正雄の証言)。

(三) 原告の職業、勝呂外科医院での入院状況について

証拠(証人勝呂徹、原告本人〔一部〕、乙二の1・2、八・九)によると、原告の職業、勝呂外科医院での入院状況は次のとおりであり、原告は、本件事故により、勝呂外科医院に入院する必要があつたか、大いに疑問であることが認められる。

(1) 原告は、平成二年一〇月頃から平成三年六月二〇日まで、住宅設備訪問販売業の「株式会社ヤマヒサ」に勤務し、訪問販売のセールスの仕事に従事していたが、前同日同社を退職した後は無職であつた。原告は、平成四年三月三一日に勝呂外科医院を退院した後、約一年間にわたり友人が営んでいた布団の訪問販売の仕事を手伝つていた。このように、原告は極めて気楽な身分であつたので、さしたる必要もなく勝呂外科医院に入院して遊んでいても、何ら支障はなかつた。

(2) 原告は、平成三年一一月一日勝呂医師に対し、「吐き気が強く、実際に吐くことも多く、食事も満足にできない。」と訴えて、翌二日から勝呂外科医院に入院した。ところが、原告は、入院当日から食事は全部摂取し、その後も吐き気を訴えることなどなかつた。

(3) 原告は、入院して一〇日過ぎ頃から頻繁に外出し、外泊する回数も次第に多くなり、平成四年二月以降は殆ど毎日のように外出あるいは外泊して、一日三回の体温測定も殆どできない有り様であつた。原告は、平成三年一二月末と平成四年一月末の二回にわたり、勝呂医師から退院を進められたが、それには頑として応じず退院しなかつた。

2  原告主張に対する判断

(一) 原告は、南松山病院でのM・R・I検査により、原告の頸椎に異常(第五・第六頸椎間の椎間板が後方に突出)が認められており、頸椎の変形は神経系に影響を及ぼすことは公知の事実であり、原告の頸椎傷害の治療が長引いたのはそのためであつて、勝呂外科医院での入通院と本件事故との間には、相当因果関係が認められると主張する。

(二) しかし、次の諸事実に照らせば、原告の頸椎に前記異常が認められたからといつて、勝呂外科医院での入通院と本件事故との間には、相当因果関係があるものとは認められず、原告の前記主張は理由がない。

(1) 原告は、南松山病院で平成三年九月九日に実施されたM・R・I検査で、原告の頸椎に異常(第五・第六頸椎間の椎間板が後方に突出)が発見された(乙五)。そこで、原告は、同年一〇月末頃までほぼ二日に一度の割合で南松山病院に通院し、首をギブスで固定し、低周波治療や牽引治療を受けた(原告本人の供述)。

(2) その間の平成三年九月二七日、上甲、遠藤、吉村の三名が南松山病院の主治医に面会を求め、原告の症状について尋ねたところ、主治医は、「原告は、入院せずに仕事をしながら治療をした方が治癒が早く、入院する必要などない。」と答えており(前記1の(二)の(2))、入院を必要とするような病状ではなかつた。

(3) ところが、原告は、平成三年一一月一日勝呂外科医院で診察を求め、勝呂徹医師に対し吐き気やおう吐を大袈裟に訴え、翌二日から勝呂外科医院に入院しているのであり、右吐き気やおう吐の訴えも、虚偽の訴えである疑いが濃厚である(前記1の(三)の(2))。勝呂外科医院では、初診及び入院初期にレントゲン検査も行つているが、原告には何ら異常が認められず、首の腫れのようなものも見受けられず、外見上は普通の状態であつて、ただ原告の主観的な愁訴だけであつた。

(4) 本件事故が発生したのは平成三年八月二五日であり、原告が勝呂外科医院に入院したのは同年一一月二日であるから、その間二か月以上が経過している。しかも、原告は、同年九月四日から一〇月末頃まで、ほぼ二日に一度の割合で南松山病院に通院し、物理療法を受けていたのであるから、同年一一月初め頃には既に、頸椎捻挫の症状はほぼ治癒していたのではないかと推測される。

二  争点2(通院慰謝料)について

1  原告は、平成三年八月二五日大野病院に、同年八月二八日松山赤十字病院に、同年八月二八日から九月三日まで(三回)横出外科医院に、同年九月四日から一〇月末頃まで(ほぼ二日に一回)南松山病院に、いずれも通院していた。

2  原告は、平成三年六月二〇日以降は無職であり、非常に気楽な身分であつたため、入院の必要性など認められないのに、同年一一月二日から平成四年三月三一日まで、勝呂外科医院に入院している。従つて、厳密に解すると、原告は、当時無職・無収入であつたのだから、平成三年八月二五日(本件事故日)から同年一〇月末頃までの休業損害など、被告には請求できない立場にあつた。

3  ところが、被告は原告に対し、平成三年一〇月末までの休業損害、通院費、慰謝料として、四九万円を支払つているのであるから、原告の平成三年八月二五日から同年一〇月末頃までの通院慰謝料については、全額支払済みであることが認められる。

三  争点3(車両損害)について

証拠(乙三・四、証人亀岡正雄、原告本人)によると、次の事実が認められ、本件事故による原告の車両損害は、最高に見積もつても五〇万円であることが認められる。

1  原告は本件事故の二年前に原告車両を一〇〇万円で購入した。愛媛県共済連の鑑定人は、本件事故当時の原告車両の評価額を二五万円と鑑定している。

2  愛媛いすゞ自動車は、原告車両を修理するには五七万六六六六円を要すると見積もつている。しかし、原告車両は本件事故により損壊大破しており、原告車両を修理して再使用することは経済的に不合理である。

第四結論

一  以上の認定判断によると、(1)原告が勝呂外科医院に入院していた五か月間の休業損害一〇〇万円、(2)原告が勝呂外科医院から請求されている治療費二二六万六七四〇円、(3)原告が勝呂外科医院に入院していた一五一日間の入院雑費一八万一二〇〇円、(4)原告が勝呂外科医院に入通院していた間の入通院慰謝料(二〇〇万円―α円)は、いずれも本件事故と相当因果関係がある損害とは認められない。

二  また、(1)原告が勝呂外科医院に入通院する前の通院慰謝料(α円)は、被告が全額支払済みであり、(2)原告の本件事故による車両損害は、最高に見積もつても五〇万円である。

三  よつて、原告の本訴請求は、損害賠償金五〇万円、及びこれに対する平成三年八月二五日(本件事故日)から完済まで、年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却する。

(裁判官 紙浦健二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例